最近、『幸福についての一番冷酷なお知らせ』という本を読みました。
普段、FPとしてお金について考えることが多い自分にとって、特に印象に残ったのは、
「幸せになるためにお金を求めているのに、お金に執着しすぎることで、かえって幸せから離れてしまうことがある」
ということでした。
お金を増やすことと、幸せになることは同じではない。
では、幸せとは何なのか。
今回、本を読んで特に印象に残ったのは、次の5つです。
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- ある程度豊かになると、お金では幸せを買いにくくなる
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- お金に執着するほど、幸せの源泉である「人」から離れてしまう
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- 幸福は「強度」よりも「頻度」が大切
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- 考え方を変えるより、自分に合う「幸せの環境」をつくる
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- 「モノより経験」だけではなく、誰と分かち合うかが大切
一つずつ、自分なりに感じたことを書いてみたいと思います。
① ある程度豊かになると、お金では幸せを買いにくくなる
この本を読んで、まず強く印象に残ったのが、
「豊かになればなるほど、お金で幸せを買うことは難しくなっていく」
ということでした。
もちろん、お金が幸福に関係しないという話ではありません。
今日食べるものにも困っている人にとって、お金は非常に重要です。
一日三食を食べられないほど生活に困っている人なら、お金が増えることで食事ができ、安心して暮らせるようになります。
その段階では、お金は幸福に大きく影響します。
でも、同じ「一日三食を食べていない人」でも、その理由がダイエットなのであれば話はまったく違います。
食べることができないのではなく、食べないことを自分で選んでいる。
その人にとって、もう「食べられるだけのお金」は幸福の大きな鍵ではありません。
本の中では、これまでの幸福研究を振り返ると、お金、健康、宗教、学歴、知能、性別、年齢など、さまざまな人生の条件を考慮しても、幸福感の個人差のうち説明できるのは10%程度にすぎない、という話が紹介されていました。
つまり、
幸せな人と不幸せな人の違いは、単純に「何を持っているか」の違いではない。
ということです。
それにもかかわらず、
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- もっと収入を増やしたい。
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- もっと資産を増やしたい。
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- もっと良い家に住みたい。
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- もっと良いものを持ちたい。
と、外側の条件を良くするために、多くの時間とエネルギーを使ってしまうことがあります。
でも、もしそれらが幸福の一部しか説明しないのであれば、
幸せになるために、本来もっと時間やエネルギーを使った方がいいものを見落としている可能性がある。
これは、自分にとってかなり印象的でした。
日本で普通に生活していると、食べるものは比較的簡単に手に入ります。
高いお店に行かなくても、おいしいものを食べることができます。
服も安く買えますし、こだわらなければ、衛生的な環境で生活することもできます。
もちろん、すべての人が経済的に余裕があるわけではありません。
ただ、少なくとも衣食住がある程度満たされた後は、
さらにお金を増やすことによって、同じような割合で幸福まで増えていくわけではない。
喉がカラカラに渇いている人にとって、最初の一杯の水は大きな幸福をもたらします。
でも、喉の渇きが癒された後に、二杯目、三杯目、十杯目と水を渡されても、幸福は同じようには増えません。
お金も、それに近いのだと思います。
だからこそ、
「もっと増やす」ことだけではなく、今自分が持っているものをどれだけ好ましく感じているかが大切。
僕自身、意外だと思われるかもしれませんが、結構、人の目を気にします。
「人からどう思われているんだろう」
「自分はどう見られているんだろう」
と考えすぎてしまうこともあります。
でも、
「人の目なんて気にしなければいい」
と言われても、簡単に気にしなくなるのは難しい。
それなら、無理に「気にしない人」になろうとするよりも、
自分が今すでに持っているものに目を向ける。
ことの方が、自分にはできそうだと思いました。
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- 今持っている資産。
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- 今ある人間関係。
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- 今の健康状態。
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- 家族との時間。
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- 仕事や生活の中ですでに得られているもの。
「まだ足りない」「もっと欲しい」と考えるのではなく、
「自分には、すでに何があるんだろう」
と考えてみる。
他人の目に自分がどう映っているかよりも、自分の目に今の人生がどう映っているか。
そこに目を向けていきたいと思いました。
② お金に執着するほど、幸せの源泉である「人」から離れてしまう
大昔は、食料に困ったとき、一緒に狩りをしたり、誰かに助けてもらったりと、人に頼る必要がありました。
しかし今は、お金を持ってスーパーに行けば、必要なものを買うことができます。
困ったことがあっても、お金を払えばサービスとして解決できることも増えました。
とても便利になった一方で、
「お金さえあれば、人に頼らなくても生きていける」
という感覚も強くなっているのかもしれません。
本では、人間関係が幸福に大きく関係すると書かれていました。
以前読んだハーバード大学の長期研究でも、人生の幸福や健康にとって、良い人間関係が非常に重要だという話がありました。
そう考えると、少し皮肉です。
幸せになるためにお金を増やそうとしているのに、お金に執着するほど、幸せの大きな源泉である「人」から離れてしまう。
お金の存在感が大きくなるほど、人の存在感が小さくなってしまう可能性があるということです。
だからこそ、ある程度のところで、
「もっと稼がなければ」
「もっと資産を増やさなければ」
と考え続けることから離れることも必要なのかもしれません。
お金そのものを目的にするのではなく、
そのお金を使って、誰とどんな時間を過ごしたいのか。
そこまで考えて初めて、お金は幸せにつながる道具になるのだと思います。
③ 幸福は「強度」よりも「頻度」
人はどれだけ大きな喜びを感じても、ずっとその感情の中にいることはできません。
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- 家を買ったとき。
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- 仕事で成功したとき。
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- 高級なホテルに泊まったとき。
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- ずっと欲しかったものを手に入れたとき。
その瞬間はとても嬉しくても、時間が経てば少しずつその状態に慣れていきます。
本では、幸せをアイスクリームに例えていました。
アイスクリームは食べた瞬間には幸せを感じますが、やがて溶けてなくなります。
幸せも同じで、どれほど大きな喜びであっても、その感情が永遠に続くわけではありません。
だからこそ、
一度の大きな幸福を求めるよりも、日常の中で小さな幸福を何度も感じることの方が大切
なのだと思います。
たとえば旅行でも、年に一度だけ大きなお金をかけて豪華な旅行をするのもいい。
一方で、予算を少し抑えながら、一、二か月に一度くらい家族で出かけることで、幸福を感じる「頻度」を増やすという考え方もできます。
幸福な人生とは、大きな幸せがある人生というより、小さな幸せが何度も起こる人生なのかもしれません。
本に出てきたアイスクリームの例で考えるなら、大きなアイスクリームを一つ手に入れようとするのではなく、
たまに食べ切れるくらいの小さなアイスクリームを楽しむ。
それを何度も味わう方がいいのかもしれません。
日常の中に、自分が無理なく味わえる小さな楽しみをいくつも持っておく。
それが大事なのかなと思いました。
④ 考え方を変えるより、自分に合う「幸せの環境」をつくる
幸せについて考えると、
「もっと人付き合いを好きになろう」
「考え方を前向きに変えよう」
と、つい自分の内面を変えようとしがちです。
でも、この本を読んで印象に残ったのは、
そもそも幸福に関わる部分には、自分の意思や努力だけでは変えにくいものがかなりある
ということでした。
本では、幸福に関わる要因の一つとして、外向的な性格のような、生まれ持った傾向について触れられていました。
人と接することが好きで、たくさんの人の中に入っていくことを自然に楽しめる人もいれば、そうではない人もいます。
こうした性格を、
「幸せになるために、もっと外向的になろう」
と努力だけで変えるのは、なかなか難しい。
僕自身も、大人数の飲み会や、知らない人がたくさん集まる交流会はあまり得意ではありません。
一方で、少人数で気心の知れた人と会って、ゆっくり話すことはとても好きです。
であれば、
「もっと社交的にならなければ」
と自分を変えようとするよりも、
今の自分に合った形で、人と関わる機会を増やしていけばいい。
のだと思いました。
そして今は、一人で起業して仕事をしています。
もちろん、お客様とお会いする機会はありますが、会社員のように毎日会社へ行くわけでもなく、職場の同僚がいるわけでもありません。
会社の飲み会もありません。
考えてみると、会社員として働いていた頃に比べて、何もしなければ人と会う機会はかなり少なくなっています。
一人で仕事ができることは自由で快適です。
ただ、人とのつながりという意味では、自分から意識して動かなければ、機会そのものがどんどん減ってしまう。
だからこの本を読んで、
人と会うことも、自然に起こるのを待つのではなく、自分から「種をまく」必要があるのかもしれない。
と思いました。
本の中でも、人間関係は「量より質」が大切だという話がありました。
友人が何十人、何百人いることよりも、
「会いたい」と思える人が何人かいること。
だからこれからは、会いたいと思う人には、もう少し自分から声をかけてみたいと思います。
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- 気心の知れた友人をランチに誘う。
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- 地方に出張したときには、その地域にいる昔の友人に連絡してみる。
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- 家族ぐるみで付き合いのある友人とは、食事をしたり、一緒に旅行に行ったりする。
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- 仕事でも、お客様と食事をしながら、ゆっくり話せる機会をつくってみる。
そしてもう一つ、再開してみたいと思ったのが、以前やっていたバドミントンです。
子どもが生まれたり、仕事が忙しくなったりして、いつの間にかやらなくなっていました。
もちろん忙しかったことも理由の一つだと思います。
でも振り返ってみると、それを理由にして、自分から人と会う機会を減らしていた部分もあったのかもしれません。
バドミントンを再開すれば、体を動かす楽しさだけではなく、定期的に人と会う機会もできます。
そう考えると、これも自分にとっては一つの「幸せの種」なのだと思います。
大人数の交流会に無理に参加する必要はない。
自分に合う人付き合いの形で、会いたい人との時間を少しずつ増やしていけばいい。
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- 自分から声をかける。
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- 予定を入れる。
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- 昔やっていたことを再開してみる。
そうやって、自分に合った「幸せの種」を日常に少しずつまいていく。
考え方を無理に変えるよりも、まず環境を少し変えてみる。
この本を読んで、そんなことを実際にやっていきたいと思いました。
⑤ 「モノより経験」だけではない。大切なのは誰と分かち合うか
では、その幸せの種にお金を使うとしたら、何に使えばいいのでしょうか。
幸せになるためのお金の使い方として、
「モノより経験にお金を使った方がいい」
という話はよく聞きます。
ただ、この本を読んで印象的だったのは、もう少し本質的な部分でした。
重要なのは「モノか経験か」ではなく、
そこに人とのつながりがあるかどうか
なのではないか、ということです。
たとえばゲーム機は「モノ」です。
でも、家族や友人と一緒に遊ぶためにゲーム機を買えば、そこには会話や笑い、一緒に過ごす時間が生まれます。
そう考えると、単純に「モノを買ったから幸福につながりにくい」とは言えません。
旅行も同じです。
一人旅には一人旅の良さがあります。
ただ、家族や友人と一緒に旅行すれば、旅行先そのものを楽しむだけでなく、
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- 一緒に食事をする。
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- 同じ景色を見る。
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- 移動中に話す。
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- 一緒に笑う。
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- 帰ってから思い出を話す。
といった時間も生まれます。
だから幸せという視点では、
何を買ったかよりも、そのお金によって誰とどんな時間を過ごせたか。
そこが大切なのかもしれません。
本の中では、人が日常で特に楽しさを感じやすい行為として、
「食べること」と「話すこと」
と紹介されていました。
もし幸福を一枚の写真にするとしたら、
好きな人と一緒に食事をしながら話している場面
になる。
これは、とても印象に残った言葉でした。
そう考えると、幸せは意外と大げさなものではありません。
一人で食べることが多いなら、たまには気心の知れた人を誘ってみる。
家族で食事をするときも、YouTubeやスマートフォンを切って、会話をしてみる。
そんな誰にでもできる小さな一歩から始めてみたいと思いました。
まとめ|幸せは「もっと」ではなく、「今」にあるのかもしれない
この本を読んで、お金と幸せの関係を改めて考えさせられました。
幸せは、何か大きなものを一度手に入れれば完成するものではない。
たくさん持っているかどうかでもない。
大切なのは、
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- 今持っているものをどう感じるか
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- 日常の小さな喜びを、どれだけ頻繁に感じられるか
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- その喜びを誰と分かち合えるか
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- 自分に合った形で、幸せが起こる環境をつくれるか
なのだと思います。
もっと稼ぐ。
もっと増やす。
もっと良いものを手に入れる。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、「もっと」を追い続けることで、すでにある幸せが見えなくなってしまうのは、少しもったいない気がします。
自分に合った小さな幸せの種を、日常の中に少しずつまいていく。
そして、それを無理に「幸せ」と評価しなくても、
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- 「楽しかった」
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- 「おいしかった」
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- 「面白かった」
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- 「よく笑った」
と思える瞬間を増やしていく。
お金を増やすことだけに時間を使うのではなく、今すでに持っているものにも目を向ける。
そして、お金を使うのであれば、自分や大切な人との間に小さな幸せが生まれるような使い方をする。
そんなことを、この本を読み終えて感じました。

1級FP 磯山裕樹